過去の日記  2000年 01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/11/12
         2001年 01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/11/12
        2002年 01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/11/12
       2003年 01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/11/12
      2004年 01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/11/12
     2005年 01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/11/12
   2006年 01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/11/12
 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年

12月の日記

■ 12月20日(金) 考える力 ■

最近、「考える」時間が減っている。

つまらない日常から何か面白いもの(誰も気付かないような「当たり前」に気付いたり)を見出そうとしたり、
ただ歩く時でも、その足への衝撃を覚えようとしてみたり、
見えない後ろも含め、周囲の空間をイメージしながら歩いてみたり。

そういった、自分から「何か凄く一般的な事をする時」への、
「何か」に対する自発的な好奇心というのを、すっかり忘れている。
どんな時間でも、どんなつまらない事でも、「そこには必ず何かある」と思っていた考えが、今は無い。
探求する心が無くなると、何もかもがつまらなく見える。
「スピーカーの穴の数を数えよう」とか思う人間は、いつか、誰も知らない何かを知る事ができるだろう。
「人間の当たり前さ」に気付ける人間は、人の心に法則があるということを知る事すら、できるだろう。


「誰もが知らない、当たり前の事」に気付ける能力が、発想力だと、自分は思っている。
それが強い人はきっと、「ただの日常」から、常人の何十倍もの情報を得る事ができる。


……探求心が薄れたのは、何もかもが「当たり前だ」と思いこむようになってきたから、だろうか。
それとも、自分の探求心のレベルで「知りたい」と思っていた事を、
すでに色々知ってしまって、知る事がなくなったとかも、わずかに原因に含まれるかも知れない。

「大人になる」というのは、物事をそれなりに知って、探求の心が刺激されなくなった人の事を指すのだろうか。
あなたの父や母は、何かをより知りたいと思ってるだろうか?
時代と、状況の流れ以外に、「普遍的に変わらない何か」を探求しようという心はあるだろうか。
こういうのは、むしろ「自分から何かを勉強する心」とか呼ぶのかな……。
何か、社会的な変化とかニュースとか流行とか、知ろうとするのがそういう事ばかりだと、
人の話にはついていけるかもしれないが、人間として何か成長してるかというと、どうだろうなぁ、と思う。


自分は、「人間」というものを育ててくれる、知識が欲しい。
より生きやすく、より心強く生きられるような、そんな知識が。


だからこそ、「日頃から何かを感じ取る練習」はやらんといかんのだよなぁ……。
「家に帰ろう」と思ったら、途中に何があっても
(足の衝撃、寒さ、通りがかる車、人、ガードレールの形、などなど当たり前のものに)
気付かずに、帰ってしまうのが何だか参る……。
目標(家に帰る事)を達成するだけじゃなくて、
その経過をメチャクチャ楽しめるのが、やっぱ面白いと思うんだが……。
ただ「家に帰ろう」と思って歩くだけだと、どうしてもつまらない。
自然と早足になり、「あーもう早く着けよ」と思いつつ、歩いてしまう。

ゲームでも同じだ。
クリアする事より、途中が面白すぎてたまらないゲームの方が、やっぱいいと思う。
制作者側から見れば、「クリアさせる事」が目的じゃなくて、
「楽しませる(楽しさをわかりやすく見せる、感じさせる)」のが、
ゲームなんじゃないかな、と自分は思ってる。

「あーもう早くクリアさせろよ」って思わせたら負けだ、って
ぐらいの心意気で、頑張りたいモンだ。
だからこそ、発想力を鍛える為にも、「つまらない事」に気付ける訓練をしなきゃいかん。
静電気を感じて、「セーター脱ぐと、なんで電気がバチっとするんだろう?」と、
学校で教えられる前に疑問に思う事など全くなかった自分には、
天才ほどの発想の才能は無いかもしれんが、
凡人なら凡人なりに、行けるトコまで目指す!

自分は、「発想」は半分「技術」で、半分「才能」だと思ってる。
敵わない人にはどう頑張っても敵わないけど、技術的に何とかなる部分は鍛えまくりたい。
だからこそ、頑張らないとな。



「日頃から何かを感じ取る」とか、なんかつまらん事ばっか考えて、
馬鹿みたいな事やってると思われるかもしれないけど、
自分にとっては、数少ない発想の鍛え方だ。
というより、スマートな修行法が見つからなかったのもあるんだけど……。
「さあ練習しよう」と思ってやるより、なにげなく一日中練習してる方が、
自然とレベルアップできて良いと思ってる、自分は。
というより、自分には楽な練習の方が向いてる、とも言うか……。

■ 12月14日(土) ■

どんな時も、戒めを忘れずに。
そしてまた、積極的に自分の弱さを知ろうとせよ。


今の所、己に言うべき言葉は、そんだけだ。
「怠惰」以外の、これと言った弱さが見つからないのは、自分がまだ弱いからだろう。
もちろん当然のように、足りない部分が他にもたくさんある。
恐れない心、伝える力、他者の思考感情を予測する力、自分の心を律する力、
色々あるが、「自分から動かない」事が一番致命的だ。
自分から動かなければ何も得る事は出来ない。
雛鳥のように、誰かがそれを与えてくれるワケでもない。
待つばかりでは、大事な事に気付くのはいつも、
全てが終わって、何もかも間に合わなくなった後だ。


今のままでもいいやと思ってるなら、「よく見る程度の」人間にしか、ならない。
変化は、成長の証だから、
自分が昨日と同じだと思ったら、何も成長していないと思った方がいいかもしれない。

言うなれば、心の新陳代謝、とでも言うのか。
毎日自分が新しくなる事は、別に、悪い事じゃないと思う。
古いままじゃ、腐ってしまうのは一緒だろう……たぶん。
まあ、心のガン細胞だってその内できるかもしれないんだが……なるべくそれが発生しないよう、頑張ろう。



心に覇気が無いな。
大人になるって、こういう事だろうか?
冷めた人間になるぐらいなら、子供のままでも構わない、熱い人間になりたい。
前はこう言っていたが、今も自分は本気でそう思ってるのか、どうだろう。
単に疲れているだけかもしれないが……。