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7月の日記

■ 7月29日(日) 時には機械 ■

酒がやめられなかったり宿題を早めに片づけられなかったり
勉強を早い内からできなかったりする事を、人間らしさと呼ぶ事がある。
やらなきゃいけないのにできない、止めなきゃいけないのに止められない、
そんな事を、人間らしさと呼ぶのはどうしてだろう。

強い精神力を求めれば求めるほど、人間離れしていくのだろうか。
やった方が得だとわかってて、それをきちんとやるのは、確かに「機械」かもしれない。

でも、
みんな、人間らしすぎるんじゃないかと、ふと思う。
人間がよりよく生きるなら、もう少しだけでもいいから、
「機械らしさ」が必要なんじゃないだろうか。
他の動物たちにはない人間の特殊能力が「自制」だと言うのなら、
それをもう少しだけ、活かしてみないか。

とは言ってみても、
所詮は誰も変えられない、か……。
まだまだ、自分は力不足なんだろう。
誰かに認められるくらいの人間じゃないと、その人の声は誰にも届かない。
俺はまだ認められていない。

つっても、そりゃ直接的な手段で人の心を変える場合だ。
間接的に人の心を変えるなら、俺自身が認められなくても構わない。
その代わり、間接的にすら人の心を変えてしまうほどの能力が必要だ。

どちらでも目標は達せられる。
だが、少なくともどちらかは果たさねばならない。
どちらにしても、何もしないままで果たせるような問題ではない。
だから自分は今日も、頑張り続ける。

■ 7月29日(日) お、オヤジー!! ■

ごめんお父さん、パソコン直るまでメール見てませんでした。
せっかくFINALDATArecoveryの情報くれたっつーのになあ、はあ。

だがDOS版スキャンディスクだけでも同様効果有りということが再び証明された!!
さすがだぜスキャンディスク!Windowsのツールの中で一番使えると思ったのはこれだけだよ!!
まあ最新ファイルはファイルごと傷付いてるから直すの無理っぽいみたいだけど……。
肝心の第二話以降用に作ってた画像データが綺麗に読み込めなかったのが悔しいけどな!!
だが速攻で作り直しだぜー!!
夏休みだからってヘバってるようじゃあいかんのよ!!
俺はこの夏休みでクソほど成長してみせる!!
やる気がねえなら奮い立たせろ!!
それすらできなきゃ、自己コントロールもできねえガキ同然だ!!

ってなわけで、幼稚園以来初めて宿題のない夏休み!!派手にぶっ放すぜ!!
将来に最適条件なんて期待しねえ!!やりたい職業につけるかどうかすら期待しねえ!
俺一人でも一企業の精鋭集めたくらいの能力身につけてみせる!!
絶対無理だと思われがちな事がどこまでできるか!それを知る!
最初から諦めるような人間にはならん!!

■ 7月27日(金) ンゴッ!? ■

ぐわあ〜、今になってメインPCがダウン!!
俺の気が抜けたらは死ぬんかいお前は!?なんつーかシンクロ率高し。
HDDがガチャガチャッってイヤな音したから、そっち方面かなあ……。
とりあえず本体はスキャンディスク中〜、直らない可能性はゼロじゃねえ。
油断してバックアップ取ってなかったのが痛いな……特にブックマークとか製作データ。
ま、ぼちぼち直そう……どうせ復活せんでも、もっかい作り直せばいいだけの話。
たいがいは一回目より上手くできるからな、プログラムも、イラストも。
やった分だけ経験になるのなら、それもまた良し、か。
まあ、まだ寿命も50年は残ってるだろ。一月くらいの苦労が消えた所でモメんでもええ。
寿命を大切にするためにいつも頑張り、失敗した時はまだ時間があるさと言う。
つくづく都合がいいなあ、俺の人生観。
だが、甘い未来なんぞ予想したりはせん。頑張らない限り、何もできん。
もし頑張らずに成功するなら、頑張りゃ世界を変えられる。

それに何より、苦労が水の泡になっても気にせずにやり続けるだけの根性持ってるヤツはきっと成功する。
苦境に追い込まれた時にどう動くかが、自分の人間としての価値が問われる時だ。
たまにゃあ人生のスパイスの一つもないと、面白くないしな!

にしてもノーパソ遅いッス。
やっぱりパソコンは固定式の方が強いんだなあ、とほほ。
はやく直れ〜、直らないんだったらとっとと無理って言ってくれ〜。

■ 7月27日(金) 一応終わったのだろうか ■

今週行方不明になってたメガネがようやく生還しました。
試験中だけどっか行くとは、こいつは何やっとんたんだー!?
ついでに(ついで!?)やっと試験終了です。
不安だった解析学のテストの結果は無駄に上から三番目でした。
勉強しすぎでした。でも難易度の高いテストで高評価が得られたら勉強のしがいがあるなあ。
この心配性が結果になって返ってくるんだったら心配症でもいいやー、って感じッス。
にしても合格者が120人中の約40人、三分の一とは……。
解析学、もとい微分積分、父がつまづいたと言っていたが意外と皆理解しづらい事なのかもしれない。
全科目中でこの科目だけはどーも理解しきったという自信がないし。
先生があんまり良くなかったのも原因の一つだろうけど……。
でも「優」が取れたんだ、良かった良かった。
が、何故か優を取った四人は出席番号で二人ずつ並んでるんですが、
これは一体どういう事なんだろうなあ。
俺の一つ後ろのヤツも優で、そして離れたトコにも連番で優が二人。
後ろの方は一見カンニングしたと思われそうで損じゃのう。
ま、「本当に偶然だった」ことも可能性としてでかいしな。

さて、何か創るか……と思ったけどあまりにも眠いので今日は休憩。
生物の勉強もせんといかんなあ、ふう。

■ 7月26日(木) 今日二回目の日記 ■

超光速通信システム〜。
ってそのネタはもういいんですが。でもちょっとマジです。
やれるという確信がなくても、絶対無理だという確信ができない限りは止めませんぞ〜。

んで、下にも書きましたが、今日の「世界の宗教」のテストが終わりました。
問題が三問、イスラム教のタウヒードについて述べよとかユダヤ教とキリスト教の違いについて述べよとか
「空」について仏教と科学的観点から説明せよとか。
私はもちろん「空(くう)」について述べました。
本来何もないハズのものから何か生まれたのは何故か(ビッグバン理論)、
そこには人間の理解しえない力が働いているのではないか、ってな。
面白いじゃねーか、「存在の謎」ってヤツはよ。
例えば、原子は何からできてるんだ?とか、考えれば考えるほど起源がわからんものも多いだろうが。
原子が一番小さくて分割できないもの、なんて定義は人間が勝手に付けたモンだ。
この世界や、宇宙が定義したわけじゃねえ。

こういう考え方が「常識に捕らわれない」って事だ。
自分と同レベルの生物の言った事を鵜呑みにするわけにはいくまい?
どんな事だって、無限に突き詰めていく事は可能なハズだ。

ま、それはともかく、バシッと期末勉強しねえとな……明日は英語だ〜。
終わったらゆっくり休みたいな。そろそろ疲れてきたかも。

■ 7月26日(木) 電子 ■

ちっと専門的かもしれない話。
電子ってのは、原子のある軌道(まあここでは考えなくてもよし)上に二つ存在し、
この二つの電子は互いに反対方向のスピン(回転)をしている。
で、実はこれら、二つを思いっきり遠くに離しても必ず反対方向にスピンしており、
しかも、片方のスピンが変わると瞬時にもう片方の電子スピンも変わる。
ここでいう「瞬時」ってのは、光速も超えた速度だ。
30万キロ離しても、片方のスピンが変わると確実に0秒でもう片方のスピンも変わる。
時間とか空間を無視した存在っつーのも、あるわけなのよねえ。
でもそれよりも、一つの軌道から電子を二つに分けて思いっきり離して実験したってヤツも凄いと思うけどな。
どうやってそんな事するんだろうなあ、わからん。

って事は、これを応用すればSFなんかでよく出てくる超光速通信が可能になるわけだ。
何百光年離れていようが光速を超えて一瞬で連絡できる、凄いなあ。
だいたい宇宙時代で超光速通信が実現されてなかったら、犯罪やったって、
その宙域から光速で逃げたら他のトコには連絡も絶対届いてない(情報も光の速度で飛ぶから)んだから実質上逃亡率100%!
仮に犯罪者より先に情報が届いても、届いた直後くらいに港に入ってるよ、その犯罪者。
うーむ、地球上で暮らしてる俺らには摩訶不思議な現象だ。

でも宇宙時代にカケラほどしか足突っ込んでない今の地球人にとって、
超光速通信は意味のねえ代物なんだよなあ……。
だが電子二つに分けて、宇宙船と本部のそれぞれに保存しておいて、
通信の必要があったら電子をスピンさせて0101のデジタル信号で
本部を中継して連絡するっつー単純な手段はやっぱ無理なんだろーか。
こんな単純な事、科学者の皆さんはもう気付いてるよなあ…って事は理論上からして無理なのか?
それともSF読んでなくって超光速通信の素晴らしさがわからないとか……ああ、それは困る。
これはイケると思って本気でやってるヤツなんて、それこそ滅多にいないのか、
それともそんな概念すらないのか。もしかして情報伝達に電子スピンを利用する事すら思いつかないのかあ!?
実験できるほど電子離したまま維持して、しかもスピンの観測まで可能なんだったらイケるハズだろ!?
「実験した」という事実からしてもうそこまで来てるんじゃないのかー!?
宇宙時代の先駆けとして、マジで超光速通信誰か作らねえのかオイ!?
もしかしたら、今必要じゃない進みすぎた技術なんて、誰も作ろうとは思わないのだろうか……。
ま、この調子だったら誰かが10年以内に作るかな。
実現されなかったら俺が勉強しまくってそれが本当に無理かどうか確かめる!!
見込みがあったら超光速通信システムを開発するも良し、だ。
別に人生、創作だけじゃなくたっていいしな。
科学者として得た金をでっかい創作活動に使うとかバカやってもいいし。
もしマジでそんな事できたら、前代未聞の馬鹿だなあ。
でも、人生でこんな大馬鹿やってみたいぜ……。


俺の性格はしつこく諦めず見込みありゃ無駄とも思えるほど頑張り続ける事ができる、だ!!
しょうもない思いつきでも、無理だと確証するまではやり続ける!
どうせなら夏休み中全部使って、電子スピンの実験についての資料集めまくってやろうか。
くー、現実味を帯びた夢があるって、やっぱたまらんねえ。
というか、マンガとか小説の中だけだった話を実現するってのが好きなのかな、俺。
つまらん思いつきで、電子とかに非常に興味持ってしまったし。
もしかしたら、ネタがある時だけ本気でその職業になれる、って事なのかもしれない。
物語のネタがあれば創作、発明のネタがあれば発明家……てな具合に。
ま、そういう人生も悪くはないな、っつーかメチャ面白そうじゃん。

ちなみに、日本の二足歩行ロボの開発が進んでるのって、
やっぱロボット物アニメ(アトムとかガンダムとか)の影響だろうなあ。
たまたま目にした、一見自分とは関係ない理論を見て、
「おお、これならロボットに使える!」とか思える人がいっぱい日本にいるのかも。

ちなみに、電子スピンの話を聞いたのは何故か世界の宗教。
今日テストでーす。時間と空間という概念を持たないものについての議論など。
宇宙時代になったら絶対必須、っていう考えがバリバリ出てくるので俺は面白い。人はいっぱい寝ててもだ。
こういう変なトコから発明が生まれたとしたら、それはそれであの先生と出会えた事を感謝せんといかんなあ。
まさに人間万事塞翁が馬、ってか。これはいくらなんでも本当に関係なさすぎだけど。

とりあえず面白い人生ネタも思いついたし、勉強再開!
科学は、どういう理論でどう動いているかを最初に知るよりも、
一体どんな事が可能なのか、という事実だけをまず知りたいねえ、やっぱ。
それだったら、興味を持って深く突っ込める。
どんな事が可能なのか、っていう事だけ載ってる本とかないかなー。
それなら、いくらでも高度な発明のネタなんて思いつきそうなモンだけど。
それに何より、そんな資料がありゃ、かなりリアルなSF小説が書けるしな。
ま、今日からはちょっと科学的な話も好きになれそうだ。
大学一年の内にきっかけ見つけられて良かった。

■ 7月25日(水) 内輪ネタですけどって大学の人はここ見てない ■

おっし、試験の最終関門突破!!
今日の数学科目(解析学と集合論)どっちもたぶんセーフ!
っつーかゲロ難な事で有名な解析学!
ホントに10点取れるかどーかのきわどいテストだったじゃねえかおい!!
問題が5問あって、それぞれの解答率がどう考えても20%ずつぐらいしかねえ!!
というわけで32%くらいの確率で一問も解けずにまた再履修という目に遭いそうだったわけで。
一問だけは声を大にしてずぇったい合ってるぞコレは!!と言える解答ができたので、
とりあえず単位が取れないって事は……ない、と思う。
ちなみにそれは証明問題。最低15点はキープ、貧しいなあ。
運が良かったら、というか、俺の判断が正しければあと24点プラス。
マックス39点……70点満点だから5.5割か。
こんなんじゃ凄い奴になるまでの道なんてまだまだ遠いのう。

ま、悔やまない、諦めない、努力する、の三原則守って、明日のテストも頑張ろうか。
こんなの当たり前だけど、当たり前の事ができねえヤツは何もできん。
模範的人間の方が、イカれた事やりやすいんだよな。
普段の行動でイカれた事やってない分、その溜まったイカれ度を本当に使いたい部分に回すことができる!
普段からイカれた行動取ってる(つまり「自分を表現」してる)と思ってるヤツは、
それ以上の「表現」なんてする必要ないと思ってしまうようだ。
一日に「表現」できるモンだって、意外と量が決まってる。
ゲーム作りまくったり絵描きまくった日は、日記を書こうとは思わん。

俺は人と直接喋って「表現」するようなタイプじゃないから、今の道、というか趣味を選んだ。
というより人に言いたい話ってのがこの日記のよーな内容の為、
誰とも話が合わんのは当然なのかねえ……。
人生観とか思想とか、そういうのは子供が話す内容じゃねえ、か。
でも、それがなきゃ「人間」を描く事はできん、物語を作る事もできん。
必要だから、模索してるだけだ。

夢か人間関係か、どっちを取る?
俺は誰でも持てるものより、誰にでも持てるわけじゃないものを取る。
寂しくなったら、友とのふれ合いで癒すもいいだろう。
でも、人間関係は結局、俺個人から見た問題でしかない。
まだ見た事もない多くの人達の為に何かやってやれるなら、
そっちの方がいいと思う。

つっても、最低限の人間関係はちゃんと構築してるので妹よ、あまりツッコまないように。
それに結局、そうやった方が本当に信頼できるヤツってのを見つけやすい。
最低限の付き合いしか持たないつもりなら、俺は「こいつは嫌いだ」と思わない人間としか付き合わないからな。
俺個人としては「好き嫌い」は嫌いだが、人間に対する好き嫌いはなかなか抑えられん。
ま、普通は皆、こうなんだろうけどな……これを克服したら聖人と呼ばれるんだろうが、それは別にいいや。

とにかく一にも二にも試験勉強。
終わったら何日かゆっくりするか、それとも創作するかだな。
気持ちいい夏休みを始められるよう、たまには本気で頑張れ俺!

■ 7月24日(火) 渇水かあ ■

クーラーは毎回毎回、一時間経つと自動的に切れるようにセットし、
三時間に一度くらいの割合で切れたのに気付いて付けなおすくらいがちょうどいいと思います。
しかも設定温度30度マックス。
あたしゃ休みの日でも一日合計三時間しか使っておりませんぞー!
やっぱり、自然環境に適応できる身体状況を維持できるレベルで文明の利器を使いましょう、って感じです。
あまりクーラー使いすぎてると汗出なくなって体温調節できなくなって熱射病になって死ぬ、マジで。
ウチのPCも、この高温多湿の環境下でも全然平気っぽい雰囲気だし。
広島に持ってきてから突然強くなったなあ、こいつ。何で?

ま、今日はとりあえず猛暑には違いあるめえ。
今日は朝起きて昼まで勉強して学校行って4時くらいに帰ってきて速攻カーテンしめてクーラータイム一時間。
次は寝る直前じゃのう、って事で一日二時間か。
やっぱちょうどいいくらいの利用でもこんだけで済むよ、ホント。
おかげでバリバリ健康ッス。
ってことで、クーラーはちょっとくらいケチりましょう、特にお隣さん(おい)

■ 7月24日(火) くっはあ! ■

明日の再履修者ワラワラの講義のテストは10点取れれば単位は「可」!
20点取れれば「良」!30点以上で「優」だとー!?
にも関わらず、何故もう一回同じ講義うけてる人がこんなにいるんだろう。
って事はテストの難易度ってもの凄いんじゃ……ぐえー。
他にも一科目、数学系の科目……明日が山場だなあ、でも、明日終わったら残るテストは二科目!
片方は哲学思想!もう片方は英語!
前者は考え方や思想という概念を強く持ってる(と思ってる)俺に取っちゃ楽勝!
英語は丸暗記で勝負じゃあ〜、って今からでは少々無理か?
いや、やらない内から無理って言うのはただの恐がりだな。

待ちかまえている試練に対する努力は簡単だ。
自分から試練を掴んで、それを解決して自分自身で能力を上げるってのが、
早く成長するのに欠かせない方法であり、マジなヤツしかできない芸当だ。
待ちかまえてる試練に対する努力ってのは、ただの「準備」に過ぎない。
それくらいできて当たり前、ってくらいじゃねーと、凄い奴にはなれないだろう。

だから、テストの一発や二発くらい、真剣に努力してみせようじゃねえか!
ダテに偏差値52(※低いです)の大学に入ったわけじゃねえ!!
しかも変なヤツばっかり居る事で有名だったりするかもしれない大学だけど気にしない!!

ところで、偏差値の高い大学の方が、いわゆる「精神偏差値」の高い連中って多いのかなあ、やっぱ。
自分の目標と考えをしっかり持ち、それを信じて行動に反映できるヤツって、周り見てても全然いないんだよな……。
うーん、実際こんなモンなんだろうか。
真剣に話し合えるヤツなんて、そうそう居ない、って事か……。
どうせ父や母も、やっぱこういう経験通じて人生生きてきてるわけだよなあ。
ま、だいぶ昔から、俺と似た波長の人間なんてそうそういないのかもしれない、
ってすでに認識してるし……今更同志が欲しいって言うのも何だしな。
ネットみたいな広い世界なら、ちったぁ同志も見つかるかもしれんが、
自分から探すくらいなら、その時間はやっぱ夢に費やしたい。
人同士の繋がりをキープするためだけに一生費やすなんて人生も、どうかと思うしな。

まあ何はともあれ、今は試験勉強!
他人よりとても賢いわけでも、とても記憶力がいいわけでもないが、
ただほんの少しの諦めの悪さと集中力がありゃ、大抵どうにかなる!
創作より簡単な事なんだったら、確実にこなさないとな!
って事で、頑張ろう。

■ 7月23日(月) ホームページねえ… ■

経験から言わせてもらうと、
ホームページを作り始めた人は最初に、
このネット世界でのあまりの自分の弱さに挫折を感じ、
止めてしまうか、それともまだしつこく続けるかのどちらかになると思う。
止めたら、敗者だ。
ただ、強者揃いの世界から逃げているに過ぎない。

誰しも、最初は弱い。
自分の力の無さに悔しくなって、泣きそうになった事が何度もある。

そしてまた、
カウンタは役に立たない。
カウンタを増やすのは実際、実力でも何でもない、
結局は「宣伝能力」と、「必要な情報を載せる」ことに尽きる。
UHARC講座は、ネットのアンダーグラウンドで大きな需要があったから、
一日1000Hitを叩き出すような世界から、こっちに漏れだしてきた。
創作だけで一日200Hitなど、雑誌掲載、大御所とのリンクなどの手段を使わぬ限り、非常に難しい。
または、犯罪要素の含む情報(MP3などね)を載せるか。

人が来て、常連がすぐに増えて、
毎日100Hitを越えるなど、どんなに実力があっても、
それこそ一年やそこらでは難しい。
相互リンクを大量に増やせば、それに比例してカウンタは跳ね上がる。
だが、結局はカウンタとはそんなつまらないものだ。
実力より、他掲示板との交流や、リンクされてるサイト数だ。
そちらの方が、遙かに大きい影響を占める。

結局、フェアな手段でカウンタを競うのは不可能だ。
一日2000Hitを超えるサイトを作れと言われたら、どんな手段を使ってでも作れる。
創作のみで一日1000Hitを超えるようなサイトが作れたら、
そいつはよっぽど実力があるか、雑誌などで名が売れているかのどちらかだろう。

掲示板に、
「是非これからも創作を続けてください、期待してます」
の意見がどれだけ出るか。
そんな意見の数とヒット数が近ければ近いほど、
そいつには素質があるという事になる。
ウチじゃあヒット数がでかくなりすぎて、反応はヒット数の0.5%もないんだけどな……。

まあどっちにしろ、
カウンタを稼ぐだけだったら、卑怯な手を使いまくるしかない。
それも宣伝能力という点では実力だが、たぶん本人の求めてる実力とは違うんじゃないかな。

俺がお勧めする一番のホームページの目標は、
まず5年、頑張ってほぼ毎日何かを更新し続けます、だな。
一生懸命を貫いて続ける事は、力になる。
どんなに実力がなくたって、真剣にやってりゃ5年後には鬼才と呼ばれる事になるだろう。

短期間で目標をこなす、とか言うよりは、
絶対に短期間でこなせない目標を行い続ける、の方がきっと強くなれる。
俺は、1998年12月頃に始めてから、二年と八ヶ月、続けた結果がこのサイトだ。
才能があるならもっと早く、ここと同じかそれ以上のレベルのサイトを作れるだろう。
でも、数字だけ焦ってもしょうがない。

ウチは数字こそ大きいものの、リンク数があまりにも少ないために、
ゲームをやってくれる人自体は少ない。
やっぱこのままじゃいけない。
やってくれる人自体が少ないとどうしようもないんだ、創作やってる連中は。
もちっと進んでツクール系リンク増やそうかなあ……うーむ。

■ 7月23日(月) ふいー ■

ようやく一番の難関である「基礎化学」の試験が終わった。
もちろん色んな意味で終わった。
化学の基礎もほとんど無いのに授業中全然やらなかった基礎問題が半分くらい出た。もちろんできず。
が、それは俺のミス、もはや何も言うまい。
なんてったって、来年また努力すればいいだけだしな!
来年があるっていいなあ。

んで、それはそうとマンションに大量の監視カメラが設置されました。
遠隔操作で左右に動かしてる所を見るとどーも偽物じゃないっぽいです。
エレベーターの前と階段の前、出入りを監視されとるわけだよなあ、こりゃ。
って事は出ていったり帰ってきたりがわかっちまうので、
管理人の人が勝手に部屋覗いていったりする事もあるわけで。
……そろそろ本格的にトラップでも仕掛けるかな。
せめて電子工作ができればなあ、うーむ。

あと昨日の話だが、じいさまから封筒が届く。中には日本経済新聞、渋いなあ。
内容は大学の今後の状況やら大学運営の改革などについて述べられていた。
専門技術の習得で即戦力になるためか、専門学校も最近は勢力を伸ばしてきているようだ。
ま、確かに就職するだけなら専門学校の方がいいよな。
教育学の先生も、本当に専門技術を身につけたいなら専門学校行けって言ってたし。
俺は、本当にやりたい事なら一人でも勝手に実現できる、と思うけどな。

あと、かつて専門学校通ってた今の有名人のコメントなどもちらちら。
ゲーム作ってる有名御所のある人の話も載っていた。
まあ、その人は製作の面白さを語ってただけなんであんまり参考にはならんかったけど。

ま、結局は自分次第、って事だよな。
専門学校にゲーム作る勉強しにいって、そこでありきたりな考えばっかり
植え付けられたら損、って事もあるし。
完全独学だからこそ、個性がそのまま出るモンだ。
それに、仕事を分担するっていう概念も俺にはないな。
専門学校行ったら、ほぼ必ずどこか一つの職種
(シナリオライターのみ、グラフィッカーのみとか)
になってしまうが、その気になりゃ何だってできるんだ。
本気でやれば、全分野で並以上の結果も出せるだろう。

これからは、知識や技能が向こうからやって来るのを、ただ待ってるだけじゃ遅いんだ。
自分から掴みに行かないと、知識や技能がないままにすぐ命が尽きるだろう。
自分は今も、命を刻々と消費してる。
命の勿体無い使い方はしたくないし、
死ぬ間際になって後悔もしたくはない。

だから、今から頑張る。
本当に出来る限りの努力をしたら、
死ぬまでにどこまで行けるのか、それを知りたい。

■ 7月22日(日) 生活の知恵 ■

今日はもうクーラー無しじゃ勉強できんと判断したので、ついにこの文明の利器に頼る事に。
んで、マンションは室外機がすぐ前のベランダに付いてるという事が多いので、
洗濯物を室外機の前にデン!と並べておけばすぐ乾く!!
中を涼しくした分の熱を外に放射しているからだ。これは使える!!
エネルギーを偏らせる機械ってぇのはこうやって使わないとなあ、うんうん。

それはそうと、台風6号がやたらやる気のない動きを見せている模様。
画面左下にチョロっとあるのが長く続く。
たぶん日本には来ないんだろうが予想図では日本の方を向いている。何故だ!?
ま、今週の広島はずっと降水確率20%程度に曇ってるみたいだし、言うことないね。
んじゃあ期末試験勉強の続き!
大学の試験って授業聞いてりゃ簡単なモンが多いから微妙。

■ 7月22日(日) 明日からテスト ■

明日から、本格的に期末試験が始まる。
今日は履きやすいサンダル靴を980円で購入。
ついでに双眼鏡を探したが実はかなりマニアックな代物だったのか見つからない。
これでは期末試験の時にいつも一番後ろの席になっちまう俺が可哀相じゃねーか!!
って言いたい気分ッス、おかげで前の黒板が見えない…。
留年して受講者が減ってくれば座席も変わるのになあ、うーん。
ま、メガネ探すよりは、最初から見つからないという方針で安く対策打つのが一番だ。
ちなみに、ペットショップもバードウォッチング用にもしかしたらあるかと思ったがやはり無し。
小動物コーナーでジャンガリアンハムスターがニョコニョコしてるさまや、
檻の中で重力に反して高速回転している白いリス
(確か名前がホワイトシマリスだった気が、白くてシマ無いけど)
を眺めて帰りました。
さすがに日曜日は子供連れが多いのう。
にしても双眼鏡はどこに売っておるんじゃ〜。
おもちゃみたいな物すら見つからないとはこれいかに。
こんなんだったら家から折り畳み式紙双眼鏡でも持ってくりゃ良かったぜ…と後悔しても始まらぬ。
なんかメガネの代用になりそうな物ないかなあ。ルーペでは見えんしなあ……。

■ 7月21日(土) 謎は調べるべし ■

チェスと将棋の駒の移動方法が同じなのはどうしてだろう、起源はどっちだ?
と思って調べてみると、色々面白い事がわかった。
まずチェスと将棋の起源は共に古代インドの「チャトランガ」という遊びであるらしいということ。
んで、インド→東南アジア→中国→日本という順を辿ってきたそうな。

敵の駒を取って使うってのは完全に日本独自の発想。
世界の中では、かなり面白い文化だからなあ、日本は。
だがビビったのは平安から室町時代にかけて遊ばれていた将棋!!
今の盤面は9x9しかないのに、昔は25x25っつー化けモンみたいな将棋もあったという事だ!!
駒の総数も、ノーマルな40枚から8倍以上にぶっ飛んで354枚!!
こりゃ何日にも渡ってプレイする為のモンなんだろうなあ、すげえ。

ま、チェスはスパコンが勝ったみたいだが、将棋はどうかね。
チェスっつったって結局は問題解決の思考と同じだ。
全部の駒がどう動いて相手がどう反応するのか考える。
全部の駒の全部の動き方は、意外とパターンが少ない。
でも、将棋は持ってる駒を空いてる場所のほぼどこにでもおける。
思いもよらなかった戦略が可能になるから、将棋が結構世界に注目されてるってのもわかるかな。

にしてもネットはやっぱり便利だ。
物事の起源などを調べる際には、その真偽はともかく一瞬で調べられる。
調べようと思わない限りは決して情報が得られない、思えば得られる。
これほど行動力が有用になる世界は、現実にはないだろう。
「行動力が大事だ」とか俺が言い出したのは、ネット世界を長い間見ていたから、かな。
好奇心の量は、そのまま知識に直結する。
また狭い観点でものを考えている限り、決して自分の思ってる以上の世界へと出られないのもネットの特徴。

これからは、知ろうと思えば果てしなく知識を得られる世界になる。
与えられた知識で満足していては決して先には進めない。
だが、逆に言えば「大天才」を簡単に生める世界になるということだ。
俺が子供の頃、自分から情報を得ることは容易にはできなかった。
知りたいと思っても、親にとって知らない事は多かった。
もし俺がその時にネットが使えていたなら、死ぬ気で情報をかき集めただろう。
そして、知識に貪欲になり、多くの知識から法則と真偽を生み出せるようになり、
己の分析能力は過去の偉人などとは比べものにならないほどクソ高くなったと思う。
子供の一年は長いのだ。子供の頃に得た法則と知識は死ぬまで武器になる。

世界は変わる。
俺は、この世界で強く生き抜く。
「知りたい」と強く願えるその心が、きっと強さを生み出せるようになるだろう。
人はまだ、気付いていない。
だが、これから生まれてくる子供達は、きっとその力を使いこなせると思う。
変わる時代だ、俺はあと10年も経たない内に、新たな力を自然と得た子供達に、負けるかもしれない。
まあ、それでも構わないのだが、現状のままでは子供にナメられる大人が増える気がする。
「ニュータイプの子供」と「オールドタイプの大人」ってヤツに分かれそうな予感だ。
ネット世界じゃ、子供だろうが実力さえあれば認められる。
それで認められたいと思って努力しないガキなんかいないと思う。
特に、立場が弱いっていう状態にある子供はな。
親への復讐だって、ネット上じゃ容易だ。
どっかで取ったメアドでウイルスばかばか送りまくるだけでも犯行が完遂なんだから。

ま、そんな子供に負けないって意地だけで頑張るのも悪くはねえ。
どっちにしろ、これから本気で時代に乗っていかなきゃ、間違いなく子供に負けるだろう。
力を持った子供をさとすだけの心を持たない大人は子供にさとされる。
今でも、俗に言う厨房とかいう人らと、年齢だけの大人が、ごっちゃになってる場合だってある。
だいたい、俺はまだ二十歳にもなってない「子供」だ。
大人がひよっこの俺にナメられるようではいけない。
大人がひよっこの俺に尊敬されないようではいけない。
だから大人には、もっと頑張って欲しい。

……まだ、尊敬したいほどの人間には出会わない。
ある人に恩や義理があっても、尊敬する事ができない。
だから師と呼べる人間は、まだいない。

■ 7月20日(金) え? ■

日記カウンタを考察……って、この日記見てるの、一日五人ですか?
ってことは放送禁止用語のXXXとか○○○とかで危険に仕立て上げても大丈夫って事か!?やりぃ!(コラ)
っつーか俺がコミュニケーション望んでないのが客にモロバレかのような感じで
雑談掲示板に来てる人も日記見てる人ももしかしてほとんど身内ですか!?
さすが偽りの10万Hit。おかげで親しみやすさがだいぶ無くなった数値になっちゃったもんなあ。
まあ、たぶんそれだけの理由ではあるまいが……。
それじゃあカウンタ一回消して別のカウンタ付けてみっかなあ。
うーむ……。

だいたい1998年終盤ってまだHPとか全然流行ってない時期の話なんだよな。
それもこれも、パソオタな友人がHP作ったのに触発されちまったわけなんだが……。
もしかしてとてつもなく最先端バカな知り合い多いのかも。父もISDNとかに敏感だったし。
運が良かったんだろうな、たぶん。
足りない部分は友達や家族で補え、ってか。
最近の俺には何が足りないだろうか……。

■ 7月20日(金) 普通の人 ■

「普通の人」とは、
一般常識に縛られてて、
「よくわからないもの」を嫌い、
変化を恐れて自分からは「行動」を起こせない、
そんな人間の事なのだろうか。

人がいう「自由」とは、
常識や、強迫観念から解き離れた状態の事だ。
自分で気付かない限り、決して「不自由さ」を感じる事がないから、
大抵の人は、「今の状態が自由ってモンなのか」と適当に妥協して終わる。
常識や強迫観念からできた「心の鎖」から解き放たれた人間は、
「自分は自由だ」と、胸を張って言えると思う。

ある物事に対して、常識的な反応ばかり示してるヤツは面白くない。
でも、それが大多数だ。
仮に悪い状況がそこに存在していても、具体的な解決案を出せない、出そうとしない人達。
自分が何か言ったとき、父はいつも何か具体案を出してくれた、
母は問題を解決するための考え方を教えてくれた。
本当にどうしようもない問題は自分が変わるしかない。
でも、解決できる範囲であれば解決する。たとえ、それが何か案を出すだけだとしても、だ。

その逆に、人があまり気付かない問題点を見つけるのも少し得意になった。
つまり、見る目を厳しくしようと思えば、いくらでもできる。
やろうと思えば、相手が絶望するまで真剣な欠点(正論)を言い続ける事だって可能だろう。
でも、それは自分にしか使わない。
何か問題解決しようと思えば、ほとんどの確率でその上にまた問題が出てくる。
それを何重にも、何百重にも見切って、問題を未然に防ぐ。
それが俺の「考える」という事だ。
でも他人に使えばただのクレーマーになるから、もう使わないつもりだけどな。
こいつは見込みがある、と思ったらいくらでもアドバイスするけど、
そうでなけりゃ当たり障りの無い意見だけで済ますだろう。
それに、アドバイスできるほど偉くないってのもあるしな。

絵とかプログラムのように後からいくらでも上手くなるもののレベルが高くなくても、
それ以外の発想力で勝負できる人の方が、俺は好きだ。
技術は発想力でカバーできるしな。
目に見える技術は三年でほぼ身に付くが、目に見えない技術は修得するのに本当に時間がかかる。
まずその「見えない技術の存在に気付く」のが必須条件なんだからな。
その壁を越えられない人だって、きっと多い。
何より、その具体的な方法もほとんど他人から教えられない、
ほとんど自分で探すしかないのだ。
行動力が無ければ、本当にそこから進めなくなってしまう。

だから、知りたいと強く願い、そして自分から知ろうと努力しなけりゃならん。
それが「探求」だ。
「探求」ができる人間はまだ少ないと思う。
でも、それができなければ前には進めない。

■ 7月19日(木) メガネ落とした ■

元気な時は、自然と前向きに生きる。
辛いときは、勝手に心が過去を振り返る。
何か打開策を思い出せないかと思案しているのか、
それともただ後ろ向きな心になるためか。
でも過去を振り返っても、昔は良かったなどとは、どうしても言えない。

人は、辛い思い出と楽しい思い出を両方知っている方が、強くなれる。
ここ数年は、楽しかった。
でも、楽しかった事はいつも思い出せない。
だから、もう一度同じ事をしたいという意識がどうしても薄い。
辛い思い出ばかりを覚えられるようになってしまったのは、どうしてだろう。
人間は、もともとそうなのだろうか。
妹と話して、どんな他人よりもたくさん笑った思い出があっても、
自分から会いたいと思うほど、会おうとは思えない。
それよりもまず、本当に子供の頃、妹を傷つけて叱られた思い出ばかりが甦ってしまう。

生まれつきか、それとも教育によってか、
過去に起こった悪い事は、ほとんど写真記憶のように思い出せるのに、
良い事は、その風景すら思い出せない。


昔からずっとマイナス思考だった自分。
反動でプラス思考になってしまった自分。

疲れると、どうもマイナス思考になる。
だから今日はゆっくり寝て、明日に備える。
試験が終わったら、少しはくつろぎたい。

あと昨日の日記にあんな事書いたら本当にメガネ落としたのもちょっと精神的に疲れた原因。
ま、大教室の講義中にちょこっと使うくらいだったしな、返ってこなくても安い双眼鏡買ってカバーしよ。
人の目を全然気にしない性格なんだったら、最初からこうすりゃ良かったかなあ……。
ま、大学受験も一緒に乗り切って来たメガネだ、役割はもう十分果たしてくれたのかもしれん。
どっちにしろ、モノってのはいつか無くなる。
来週のテストは敵討ちのつもりで本気で勉強してやろうかね。

逆境に対してヘコまずに燃えられる考え方その一!
「もしこれが俺を陥れようとする神の陰謀だとするのなら、
 絶対にその手にゃあ乗らねえ!」
と頭ん中でもいいから叫ぶ!
普段より余計にパワーが入るのでこれはいいと思って使っております。
何もない所に対抗心燃やせるのは強い。
なんつったって、元手が無料で、しかもどこにでもある原動力なんだから。
いいヤツが力添えしてくれると思うよりは、悪いヤツが自分をハメようとしてると思った方が燃えるね!
……つっても、個人的には、の話なんであんまし気にしないように。
しかもキリスト教には大不評。神様が嫌いな人だけどうぞ。
単に「絶対権力者」としての見方かな?
別に悪魔の陰謀でも全然OK。

■ 7月18日(水) 人為的としか思えない(コラ) ■

俺の持ち物シリーズ第一弾

・いつもは全然平気なのに、計算機使用OKのテストの時に必ず電池が切れる関数電卓

・知らない内に勝手にアラームスイッチがOFFになる目覚まし時計

・突然なくなるトイレットペーパー

・必死に探しても見つからないステルス機能付きおでこのメガネ

・持ってきた事を忘れさせる催眠能力付きの傘

■ 7月18日(水) あと一週間 ■

あと一週間と二日で、最初の大学生活に区切りができる。
やることはたくさんあるけれど、
「できる」と思ってしつこく無理せずやり続ければ、どうにかなる。
課題がまだ遠くにありながら、それよりもずっと前からやり始めるのは、楽だけど、難しい事だ。
ギリギリまで課題を残して、それを短期間で片づけたからといっても、結局はただのグズだ。

自分は皆のように短期間で課題を終えられるほど優秀じゃないから、
どんな事も、課題はもらった直後から片づけるように心がけている。

身体の限度を越えて、心の制御が利かなくなるほどに何かをするのは、できない。
10代初頭で学んだ、狂気の心を自分は知っているから。
死んだ方がよっぽどマシだと思えた日々の生活。
そこには希望なんて無かった日々の生活。
夢と現実の区別がつかないほど朦朧とする意識。
今から考えても、まるで麻薬中毒者のようなおかしな行動をしていた自分。それを叱りつける親。
そこまでおかしくなったのは、まだ子供だったから、かもしれない。
自分の心も身体も、限度を越えてしまっていたのだと思う。
抑圧され、死にたいほど辛いのだと訴えても、両親は何もしてくれなかった。
結局は全て終わってしまったけれど。

その頃は、親に逆らうぐらいなら死んだ方がマシだと思ってた。
どうすれば立場の弱い子供から親へと自分の考えが伝えられるのか、を
見いだせなかった己の力量不足もあったろう。
自分は天才などではなかったからだ。
何もかも、早すぎた試練だったのかもしれない。

だが、反動はいつかやってくる。
神経過敏だった十数年間を過ぎたら、とんでもなく図太い性格がついた。
人生、何が起こるかわからない。
この性格のおかげで、今までの苦労の思い出は全部チャラである。

しかし、
身を束縛するほどの付き合いは嫌いだ。
身を束縛する組織に加入する事も嫌いだ。
心を束縛されているのはもっと嫌だ。

これだけの心が、染みついた。
親に抑圧されていた(と思っていた)ときの辛さが、「とてつもない恐怖や苛立ち」といった形で
無意識下に残っているのだろうか。
強がりでも何でもなく、自由でないというだけでとんでもないストレスを抱えるのは、すでに「性格」だ。
大きな目標と引き替えに得た、大きな弱点。

だから、
たった一人でも、生き抜くだけの力を身につけたい。
割り切って組織で生きてもいいけれど、きっと後悔するのが目に見えてる。
周りの人間の事を考えてばかりで、全力で何かする事ができなくなるからだ。
皆で何かやろうとすれば、俺は必ず全員が納得するような答えを探そうとしてしまうだろう。
でも、それは非常に困難で、時間を要する。そうとわかってても、きっとやろうとする。
それだけで一生が終わるのは、ゴメンだ。
自分は、一見無茶に見える事だって必ずできると信じて、やってしまうから、
それがマイナスになる事だけはやりたくない。
自分はそれを、活かしたい。

■ 7月17日(火) 努力、か ■

『努力は、過去に一度でも努力して、いい思いをしたことのある人だけができる』

結構有名なある人がそう言った。
確かに名言だな、と思う。
「自分は努力してるのに」という人間は、結局は努力が足りない。

二年越しで努力して頑張って頑張った結果、
それまでの自分にない、新しい能力が身に付いた。
自分に自信を持てるようになったのは、その時からだった。
おかげで、目標に向かってしつこいほどの執念を持てるようになった。
十年かかろうが二十年かかろうが、目標を持ったならそれをいつか達成させるという、自信がある。

勘違いしてる人も多いが、「努力」とは「疲れる事」などではない。
努力は、どちらかというと「(年月単位で)長く続けること」だ。
どんなに時間がなくても、時間が空いたのなら目標に向かって努力する。
たとえその期間が飛び飛びでも、何年も持続する事によって力になる。
そうやって、人間は一つのゴールを掴む。

最初は絵なんて何も描けなかったけど、
何もない所から始めても、今になってそこそこの能力を得る事ができた、と思う。
かかった年月は、やり始めた時からすでに二年と九ヶ月。
「ゲームに必要だったから」
それだけの理由で始めた努力は、今になって「いい思い」になった。
誰にも見せず、誰にも賞賛されず、ただひたすら頑張った。
だから思った。
「人間は他人に背中を押されなくても、頑張る事ができるのだ」と。
過去の偉人達の気持ちが、今少しだけわかったような気がする。

自分は間違いなく、努力していい思いをした。
諦めない事がどんなにいいかを、身に染みて知った。
だから、これからも努力できる自信がある。


もし「なぜこんなに頑張ったのに駄目なんだ」と誰かがいうのなら、俺は言う。
「頑張った」のが努力ではない。
『頑張り続ける』事が本当の努力なのだ、と。

■ 7月16日(月) ニヤリ ■

本日試験一発目終了!
ほぼ確実に合格しているという自信はある!
クソ長い記述形式の問題ほどワシにとって有利なモンは無いからのう、フォッフォッフォ。
っつーか中国人の先生だから難しい言葉とか文脈が……いや、まあいいか。
次は明後日の英語の試験じゃあ!頑張るぜ!!
というか来週からマジになってくるんだよな、試験の量……今週中に気合いで勉強しまくらねば。

にしても、記憶力その他がどう考えても中高生の時の倍以上になってるような気がしてならん。
仮に気のせいだったとしても、そうだと思うだけでだいぶ変わる。
信じれば何でも可能になる、おかしな事かもしれないが、それが親から教わった最強の教訓だ。

全ての事象には何か意味があり、決して悪い事など存在しない。
一般的に悪い事と言われる事は、自身にとっては強くなる為の材料でしかない。
それが無意味だと思った時は回避する。意味があると思ったら、立ち向かう。

楽に生きるためには、嫌な事を減らせばいい。
それも、自分の中のレパートリーに入ってる「嫌な事」を減らした方が、一生嫌な事から逃げずとも済む。
自分を変える事を恐れてはならない。
変わる事は、大抵において成長と同意義なのだから。

■ 7月15日(日) そうじゃん! ■

本を読んでも目が悪くならない方法発見!
読みながら本を遠くにやったり近くに寄せたり(手の届く範囲でな)してレンズの硬直を防ぐ!!
これなら読むだけで目も良くなる(悪くならないだけ?)し、
腕の運動にもなって肩が凝らないから一石二鳥じゃーん!!
と思ったが慣れるまですげえ見づらい上に
焦点距離変わりまくり(腕を前後させて1.5秒で30cm)なので目が疲れる事この上なし。
まあ、外見にこだわらない人はやってみてもいいかも。動体視力も上がった気になります。

■ 7月15日(日) 勉強 ■

相手の求めるものが何かを知り、そしてそれを提供する能力は、どんな職業にも要求される。
逆に言えば、この能力が無ければ何もできない。
商売、創作、制作、映画、芸術などなど。
一見、芸術には必要ないと思われるかもしれないが、
自分をそのままに表現してみせただけでも、「意外性」とか「奇抜性」というものを
求める人達にとっては、価値あるものになる。

授業を聞く時は、講義の内容をよく聞いて、講師の性格を掴む。
「本当に肝心な事に重点をおく」人は、歴史の年表なんて問題に出さない。
そうでない人は、つまらない問題でも出す可能性があるから、まず見極める。
そして、覚える場所を絞る。
次に、講師がどんな答えを求めているかを考える。
こう答えてやったら「おお、わかってるな」と思わせられるだろうという事を考えて、だ。
大学入試も、数学のみの試験で滅茶苦茶(セオリー通りじゃない)な解答をしたわりには
何故か受かってたのは、そこの数学の先生がもっぱら、
「数学というものは、問題をほぐして自分の得意分野に無理矢理にでも
 引きずり込んで、それから解くものだ、だから解答は一つではない」
という考えを共有していたからだった。

人の心は、どんな時でも見極めて損はない。
大学に入ってから心理学の講義も取ったが、それに加えて俺は図書館で心理学系の本を読みあさった。
人間の些細な行動から読みとれるあらゆる情報を得て、相手の心を予測する能力を得るために、だ。
また、人はある言葉を発した(または表現した)時にどんな事を考え、
どんな心の弊害や強迫観念を持ってるかを理解するためでもある。
これは自分に使う為の能力だ。
己がどんな心の障害を持ってるのかを知れば、感情を理性でカバーできる。

大学の試験は、いかに教師の心を読めるか
(どんな思想を持ち、どんな事がいいと思ってるのかを知ること)
にあると、自分は思う。

まあ、奥深い考えを持ってる大学生がほとんどいないのは、何か残念だけどな。
予測通りの言動ばかり取る連中は、あまり見てても面白くない。
そこそこ勉強して、就職して、家族作って金稼ぐだけが人生じゃねえだろ。
中には勉強すらしねえヤツもいる。
その勉強してない時間を、何か価値ある事につぎ込むっていうならどんどんやれと言いたい。
でも、本当に何もしない人間もいる。

俺は、
何もしないままで死ぬなんてまっぴらだ。
未来に希望も何もない人間には、ならない。

■ 7月14日(土) よっしゃよっしゃよっしゃあ!! ■

連絡も全くなしに、本日15時13分5秒より通信速度が何故か15KB/秒に増加!!
って事はついにADSL化ですかーバンザーイ!!
ああ、早いぜADSL〜、ってたかだかISDNの2倍!?おそっ!!(どっちやねん)
まあマンションだし、階ごとに通信速度分けてあったらそんなモンか……。
にしてもテスト直前に工事するたあ、イキな真似してくれるなあ、うーむ。

んじゃ、テス勉続行。
英単語百個ー、心理学〜、と色々あるけど、覚えれば済む事。
創作や普段の課題や受験に比べれば、簡単な事この上なし!
すげえ人間になりたいなら、こんくらいの事くらいパッとこなせないとな。
本当の凄い人間ってヤツは、自分の専門知識以外にも大量の知識をため込んでるモンだ。
だからこそ、それを利用し、本業にも有効に使える。
知る事、覚える事には貪欲に。楽ばっかりしててもボケるだけだぜ。
長生きし、そして脳を健康に保つ!!
だからストレスもためないし、食い物も食べ過ぎない!そしてよく寝る!
人生の中でやりたい事に使える時間と知識は出来る限り増やす!
そのための健康と、勉強だ。
んじゃ、高速ネットしたい気分はともかく勉強じゃーい!

■ 7月14日(土) くわあああ!! ■

マジ暑いぞウオオオ!!
しかもクーラー嫌い人間だから冷房なんぞかけぬ!!
男は扇風機一丁ついでにパンツ一丁(注:やってません!)
ああ、せめて自宅が電車から見えない場所にあればなあ……。

んで、期末試験の勉強中。
時々少量の睡眠をとりつつ頭がMAX状態をキープできるよう努めておりますが、
やっぱりすぐ眠くなるなあ、何でだあ〜。

こうなったら机の下に水の入ったバケツでも置いてみるか……。
どんどん生活が文明の利器から遠ざかっていくような気もするが、まあいいや。
単に余計なモンが溢れてるだけだろうな、こりゃ。
テレビはちっとも希望とかやる気を起こさせてくれねえし、
クーラーは冷えすぎるし、あまり使いすぎてると汗出なくなって熱射病で倒れるし、
毎日買い物行っててレンジでチン系のレトルト食品も食わねえから
電子レンジも夏の間は使わないだろうし。
でも洗濯機と風呂とガスコンロとパソコンと電灯と扇風機とポットと冷蔵庫は使うぞ。
ゲーム機持ってないのがアレなんだよなあ……
でも小さいテレビでやる気もないしPS2のVGA用ケーブルはLINUXセット専用なのかー!?
はあ、どうにもなんねえなあ……まあ、そのうち考えるか。
アドベンチャーしか作れないってのもどうかと思うし。
発想力とかストーリー構成力を盗む為にも是非ともやりたいねえ、最近のゲーム。

■ 7月13日(金) 現状 ■

ぐはあ、やっぱゲームダウンロードしてるヤツ少ねえ〜
大半がアンダーグラウンドからの流入。どうすんだよコレ。
だからといって有名になりすぎると作品の正当な評価が得られない。
コンパクなんかも見てて思うが、やっぱり作者の「ファン」が多ければ多いほど、結果が有利になってしまう。
いわゆるブランド、ってヤツだ。
ゲームをたくさんの人にやってもらいたいと思うが、
「ブランド」というステータスのせいで評価が滅茶苦茶になってしまうのは気に喰わぬ。
ま、掲示板に書き込み欠かさない、ってほどのファンはまだいないけど、な。
別に俺自身と他人との交流が目的ではない。

けどなあ、うーむ。
せめて悪名の高さでもありゃあどうにかなるんだが(おい)
2chで無理矢理自分のトコを煽るとか、ってそれはちょっとアレだろ……。
まあ、夏休みにでもコンパク用に何か作るかね。

一番のコツは、まず完成品を自分で頭の中でシミュレートしてみること。
自分がプレイヤー。
まだ製作の苦労も何もしてないから、面白そうなモノであればいいと思うだろうし、
そうじゃなきゃ面白くない、とそれなりに正確な判断が下せるハズだ
(もっとも、自分の能力、発想に慢心していなければ、の話だが)。
それでどうすれば面白くなるか考える。
こんな行動や、コマンドがあればいいなとか、技術の制限なしに考えてみる。
一通り頭の中でプレイして改善して、それで自分が最後まで本気で作れる自信があるほどに
面白いと思ったなら、作ればいい。
自分の考えが本当に面白いと思ったのなら、絶対に妥協せずに作れるハズだ。
自分が思わず作りたくなってしまうほどに面白い事じゃなきゃ、作る価値なんてあんまり無いと思う。

■ 7月13日(金) ぬはあ! ■

C言語に慣れ、
UNIXではやっとフツーに
ls -R | more
とか入力する事を覚えた。
サーバー関連知識もいっぱい覚えた。
が、周りのみんなはそれがネットワーク上などで
普通に使われてる技術だとはなかなか知らない。
UNIXのシェル使えるって言ったら結構凄いと思うんだけどなあ……。
telnet使えば別のワークステーションの遠隔操作なんかもできる。
っていうか普通に授業でやってるし!
うーむ、みんな悪用しないなんて健全だ。(知らないだけだとは思うが)
ま、技術や道具の善悪なんてモンは、それこそ使う人間の側で決まる、って事かね。

それはそうと、UNIX覚えたおかげでMS-DOSがより使えるようになりました。
両方知ってる人はわかると思いますが、コマンドの入力の仕方がだいぶ似てるからです。
でもやっぱ使わんなあ……ぱちぱち打ってコマンド入力ってのも格好いいんだけどね。
ファイル操作という点ではUNIXの方が遙かに上!
全てのファイルの中からある文節を検索してその行のみを全部集めてファイル出力する、っていうコマンドですら、
自作して短縮入力できるようにできるんですからなあ。
あと行数チェックコマンドを利用すれば、ログを見て何人くらい来てるのかとかもすぐわかるし。
こういう機能が最初っから入ってるというのがいいねえ、UNIX。

ま、これからどんどん覚えていきましょうかね。
ネットワーク管理者どころのレベルじゃねえからな、将来的にできる仕事の幅は。
プログラム言語もいくつも覚えなきゃいけないみたいだし、とにかく頑張ろか。
でもその前に期末試験。これが終わればゲーム作り放題!
ようやく第二話の製作に取りかかれるってぇわけよ。
そのためにも単位をパーフェクトで獲得する!
今日から勉強しまくりだーぜー!
生きてるからには仕方なく勉強も頑張ってやるよコンチクショウ!

■ 7月12日(木) むーん ■

空が暗くなっても星は見えず、
ただ車の音だけが聞こえる。
意識はすでに朦朧としているが、
早く寝過ぎると何が起こるかわかったモンじゃないし、
来週は試験があるから勉強もせねばならない。

でも、
昨日は、二つも問題が片づきそうなきっかけができた。
一昨日に思いっきり休んだのが効いたのか、
長い事どうしようかと思っていた課題が、自力で解けた瞬間。

この感動が忘れられないから、
俺はなるべく自分で解決しようとする。
楽をしてもいいけど、それがギリギリ自分にできる事なら、俺はやる。
そうやって、自分は自分を信じられるようになっていく。
自分は、頑張ればきっと何でもできるんだと、信じられるようになる。

静かに、そして焦らずに、自分は成長していく。
いつか命が尽きる、その時までずっと。

自分には、夢がある。
誰かに背中を押されなくても、自分から進んでやっていける自信がある。
決して誉められる仕事では無いかも知れない。
でも、それが己の静かな心に宿る、唯一の原動力だ。
どこまでも、頑張りたい。
明日の自分が、今日の自分よりもきっと強くなれると信じて。

■ 7月11日(水) 健康の記録 4月6日.. ■

大学の健康診断個人通知書を取りに行ったので、
これから身体の変動がどうなるかを覚えておくために記録しておく。

検査日 2001/4/6
 身長 168.5cm
 体重 52.9kg (BMI 18.6)
 視力 右 0.9  左 0.5 (裸眼)
 血圧 右 110〜64 mmHG
 総合判定 異常認めず

とりあえず健康体。
三食抜かさず、ちゃんと腹八分目以上は喰ってます。

■ 7月11日(水) 抑制 ■

大抵の子供は抑制が利かない。そしてこの世界をまだ知らない。
だから、大人が普段なら気にも留めない部分に好奇心を寄せる。
幼いながら、子供は重力を不思議に思っている。モノが地面に落ちるのが面白い。

大抵の大人は子供の様な好奇心を持たない。
ありきたりの事実に潜む謎を知りたいと、強く願えない。
なぜなら、そこには強い抑圧が働いているから。
地上で生き残る為だけにある「常識」を強く信仰し、
そこから離れたくないと思う人達。

常識に囚われていない大人は、
常識そのものを持っていない、子供のままの大人かもしれない。
そんな人達は一般的に、社会不適応者と呼ばれてしまう。

俺は常識を知っていても、それを信仰したりはしない。少なくとも信仰しようとは思わない。
また、仏教やキリスト教を知っていたとしても、信仰しない。
自分が信仰するのは、自分自身の精神のみ。
「どんな可能性も、否定はしない」
すべては、あって当然かもしれないと考える。
だから、多少イカれた事でもやってみせる自信がある。
『誰もやっていない事をやらないと意味がない』とまで思えるくらいに。
もちろん、それは他人や自分にとって価値ある事の方がいいと自分は思ってる。
まあ「誰にとっても絶対に価値がない」事をしたがる人間だって、どっかにいるかもしれない。
それはそれで、面白いヤツだと思うけどな。

そして、どうしても必要にならない限り、他人に依存しようとは思わない。
他人に依存している、つまり、ハナから他人が自分の為に動いてくれるとか思いこんでるヤツだって、かなり多い。
実際、自分の家族ですら、半分はそうなんじゃないかと思ってる。

人の扱い方だって色々ある。
俺は家族から、相手の心に反した(もしくは心にそぐわない)行動を無理矢理取らせる方法と、
心の底から本気でそう思わせるように心を変える方法を学んだ。
前者は「命令」、後者は「説得」だ。
依存しようとする人間は「命令」しようとする。
なぜなら、相手はハナから自分の為に動いてくれると信じているから。
人に依存しない人間は、滅多に命令などしない。

また、他人に依存しようとする人間が書いた文章や話は、大抵が独りよがりだ。
「他人がわかってくれる事」を前提に何か書いたりしているから。
万人にわからせようと思ったら、相手がどんな事を考え、
どう言えば伝わるのか、ちゃんと考えなければいけない。
もっとも、これは技術的な部分も多い事だけれども。

「命令」するのは簡単だ、ただ自分の希望を述べれば良いのだから。
「説得」するのは難しい、相手の性格に合った高度な戦略が必要になる。
でも、自分が立場が弱い者だとしても、相手を動かすのに有効に使用できるのは「説得」だ。
たとえ自分の立場が強くても、「命令」はしたくない。
本当に立場が強い者なら、それなりにレベルの高い事も楽にこなさねばならない。
力もなくて立場が強いだけでは、ただの使いやすい人形だ。
知らない内に他人に操られていても、文句は言えまい。

■ 7月10日(火) 復活! ■

いやー、元気元気〜。
今日は家で勉強しねえぞ!って決めた瞬間気分がかなり楽に。
まあ、やらなきゃいけない事はほとんど昨日やったしな。

んで、休みってのは自発的に取らない限りほとんど取れないのが現代の実状じゃないかと今日思ったわけです。
数時間の内に10分でも20分でも、ゆっくり休まないとな。

■ 7月9日(月) うむ ■

自分には感情が無いと思ってたけど、ストレス溜まらないのでそう思えただけらしい。
怒ったり焦ったりしないと、感情無いと思っちまうのかもな、案外。
でも、なかなか「面白い」とか「またやってみたい」と思えないのが辛い。
単に、今時の遊びに飽きてるだけなんだろうか……
ま、だからこそレベルが極端に高い次元を目指そうとするんだけど、な。

最近、あんまり自分の「やりたい事」に時間を割いてない。
……勉強ばっかやってるとバカになっちまいそうだな。
「やらなければならないこと」ばっかりやってても、気が狂うだけだ。
たまには一時間半ほど早く寝てみたり、絵描いたりゲーム作ったりしてみたい。
……一日くらい、自発的に勉強しない日があってもいい、かな。
明日はゆっくりしてみるか……。

■ 7月8日(日) やっぱ ■

やっぱり自分は創作バカだと今更気付く。
毎日毎日何か作ってないとやってらんない症候群。
絵描いたりゲーム作ったり日記書いたり。
数学バカだったら、新しい公式でも探してんだろうな、今頃。
何かを模索するという道は、若い頃から走ったって何ら問題ない。

俺が作ってるゲームは、自分にとっちゃタダ同然の産物でしかない。
正当な評価を求められたいと願えるほどの作品には、まだ遙か遠い。
どんだけ苦労したって、それが面白くなきゃ、人の心を変えるものでなきゃ、
結局は価値がないモノと同じだ。
だが、本当に価値あるものには値段など付けたくない。
本当に価値あるものは、もっと多くの人に知ってもらいたいと思うから。
そして、多くの人に心の強さを知って欲しい。

自分の作るモノに価値があろうが無かろうが、
どちらにしても、金を取る事が自分の究極目標から真っ向にぶつかる。
人間は一度でも、ある行動に「報酬」という理由を付けた瞬間に
「報酬」を付けなければ何もできない状態に陥ってしまう。科学的にそういう実験もなされた。
ある二グループに簡単なテストをやらせてみる。一日目は普通にテストだけやらせる。
二日目、片方のグループに、正解すれば5ドルの報酬を与えると言い、
もう片方のグループは一日目と同じ。
三日目、昨日テストに正解すれば5ドルと言ったグループに対し、今度は正解しても報酬は無しと言い、
もう片方は相変わらず一日目と同じ。
2グループの集中力は二日目まで同じだったのに、三日目は報酬を与えた側の集中力が極端に低下する。
「金が出ないならいいや」潜在的にそういう精神が生まれているのだ。

教育も、同じ事が言えるらしい。
勉強には利益が付くのが当たり前だと思わせる教育をすれば、
その子は見返りがなければ何もしないという人間になりやすい。
本来、見返りとは滅多にないモノのはずなのだ。

当たり前の様にやってる事でも、それがどんな影響を及ぼすのか、よく考えねばならない。


俺は、創作が大好きだ。
12歳の時、始めてツクールに触って「これだ!!」と思ったのだから、
一体いつから創作が好きになったのかは、知らない。
抑圧された家庭環境が原因だったのかもしれないし、
それとも、記憶にない部分で何か心を変えるモノがあったのかもしれない。
絵だろうが文章だろうが、創作なら何だってやる。
それが集積したものがゲームだ。能力があればあるほど、フルに使える。
絵、文章、ストーリー、システム構築、音楽、それから、発想力。
もっとも、まだ音楽の能力はないがね……でも、そのうちやるかもしれない。
その気になりゃ、人間何だってできる。
音楽だって、本気でやれば3年も経たない内にほぼ身に付くだろう。

今までやってきた事を別の事に活かせば、もっととんでもない事ができたかもしれない。
でも、これが止められないほど好きだからしょうがない。

難しい美術の宿題だって、楽しんでやればそれでいい。
もう吹っ切れた。
俺は、俺のやり方で表現すればそれでいい。
結果を恐れるのがA型だっていうなら、俺は皆よりちょっとだけビビらないA型になる。
とにかく、他人と同じままじゃ先に進めないんだ。
自分は、一歩でも、半歩でもいいから、前へ進みたい。

■ 7月8日(日) どひゃー ■

今朝洗濯物を干してると早速目下の道路で暴走バイクが横転して乗ってる人が吹っ飛びました。
個人的にはザマーミローだったのですが飛びっぷりがかなりヤバげだったので
救急車呼ぼうと思ったら先を越されてました、チッ。
それにしてもノーヘルはホント危ないッスねえ。飛んだ人はぴくりとも動かないんですが。
担架に乗せられていったけど……死んだのかなあ、生きてんのかなあ、微妙。


にしても宿題が難しい〜。
自分をテーマにって言われても文字ですら書けないでどうする!!
むーん……CGで描くってのは決めたんだけどなあ。
ま、とにかく文章とかの素材作って合体させよっと。CGは合成ができるのが強み。

■ 7月6日(金) わかんねえ… ■

やっぱ「自分をテーマに表現しなさい(平面)、表現方法は自由」って
言われたって美術初心者の俺らにとっちゃあ厳しい問題だぜー。
国際学部(外国語系学科)と情報科学部(パソコン系学科)が主だっつーのに……。
というわけで「自分」というものの捉え方について考えてみる。

まず単純に単語としての「自分」だな。
「他人」とは違うもの、世界で唯一意志を正確に感じられるもの、等々の一般的な認識。
次に「内容」としての「自分」だな。
私はX年に生まれてXX小学校へ通って……っていう自分の内容。
私事の紹介とかだ。
そして、俺の考えている「自分」について。
「自分」の定義とはこういうモノではないか、っていう「意見」だ。
たぶん、やりやすいと言えばこれが一番やりやすいだろう。私事を述べるよりよっぽど気が楽。

だが……表現しろってのがどうにもできん。
こういう曖昧なお題目で絵描いた事ないんスよー、トホホ。
まあ、極言すりゃ、先生は表現方法は自由って言ったんだから
ワープロで自分理論書いたって全然問題ないわけで。
でもA4サイズ一杯に文字書いたってあまり面白くない。
というかさすがにそこまで文字書けないんだよなあ。

……文字書いた後にアスキーアートにする、ってのは面白いかも。
幸いフォトショには「カラー」っていう便利なレイヤーもあるし。
でも文字はともかくとして、やっぱり絵が問題。
うーん……。

とりあえず、そんなのできないよー、っていう課題を提出期限が迫る前に片づける事が俺の課題だ!!
ギリギリになってからしか課題ができないよーな十人並の根性でどうする!
強い精神力ってのは、万人に与えられるチャンスがある!
それを得ずしてどうするってんだ。
一生における作業効率が遙かに上がる事を考えりゃ、今から努力すれば他人の何十倍も得ができる!
わかってるなら、必死に努力する!
ただそれだけの事だ。

■ 7月5日(木) くっはあ ■

英語のノートをちゃんと作っていれば試験の得点にプラスと言われて、
今になって早速英語のノートを作る連中を見てて、なんだかなあと思った。
が、あまりにも作ってる人数が多かったのでどうしようかと思案して
ちょっとやり始めた所でやっぱり挫折。
あまりにも意味がねえ、英語と和訳書くだけってのは中学生の時にやらされまくって以来
もうやりたくないと思ってるし。
土日全部使ってヒイヒイ言って書くぐらいなら二日で単語と英文全部覚える!!
先生も、英語と和訳書いただけのノートなんて意味無いって言うかもしれんしな……
古い人間だったらそれでもいいって言うかもしれないけど。
新しい連中は本質主義だ。テストの点が悪くても、自分が本当にわかってるならそれでいい、ってな。
もし英語の先生が新しい連中だったとしたら、そんな英文と和訳だけのノート見ても失望するだけだろう。
先生が授業中に言った事をちゃんとメモってるヤツなんて、そういないんじゃないか?

やるヤツは伸びるし、そうでないヤツはどんどん堕落していく。
ならば、自分は一生懸命伸ばす。
ダラダラ英文和訳書きまくるぐらいならそのまま覚える!
多少テストの点が悪くてもどうにかなるくらいに勉強すれば済む話だ。
大事な命の残り時間、少しでも消耗抑えて、決める時はバシッと決める。
その為の判断力だ。
これは「捨てるモノ」と「捨てないモノ」を決める為にあるのだから。

だいたい、単純作業に近い事なんてやったってストレス溜まるだけだしなあ。
これは単にストレスから逃げるって意味かもしれんが、
でもその逃げた分を、自分のやりやすい別の手段でちゃんと取り戻せるように努力すれば何の問題もない。
やり方はいつだって一つじゃない。
他人が同じ目標の為に消耗してる時間から、自分のやりやすい方法を使ってそれ以上の結果を生む。
こんなことをやる時は、思い切りの良さが無いとな。

ま、勉強も何でも頑張ろう。
何かで頑張り続けてないと、次に自分の本当の目標で頑張りたい時に頑張れない。
マラソンと一緒だ、一度歩いてしまったら、もう走るのが辛くなる。
だから、走り続ける。

■ 7月5日(木) たまにはゲームの事も ■

ファイナルファンタジー(以下FF)は画像が綺麗なだけじゃないかという意見もネット上ではちらほら見られる。
ゲーム作ってる連中の中にも、いくらかそんな人は居る。

最近はほとんどゲームやってない(というかプレステとか無い)為に、
FF9もどんなものかよく知らないのだが、
最近のFFは絵が綺麗すぎてゲームとしてのシステムとかシナリオがそれに追いついていってないのかもしれないし、
一般人にはとても持ち得ないような技術力で攻める作品にひがみを感じているのかもしれない。
それとも、そのブランド性のためか。
ブランドのバッグを毛嫌いする人達も、居るからな。

技術は向上しても、
それ以外が向上しなければ意味がない。
昔のゲームは、グラフィックにほとんど技術を詰め込む要素が無かった為に、
それ以外の部分で勝負していた。発想力、面白さそのもの、など。
画像が綺麗になってるから向上していると、作る側も「俺達は伸びている!」と勘違いしてしまうのかもしれない。
確かにどこかは向上したかもしれないが、それ以外の部分のレベルが落ちている可能性がある。
手をかければ、いくらだって画像は向上できる時代だ。
最初にジョブチェンジシステムを開発した頃のFFはどこへ行ってしまったのか。
続編だからといって、いつまでも過去に固執する必要もない。
FF1、2、3までのシステムを踏襲しなくても別にいいはずなのだ。
まあ、ファン層がどの部分をFFとして見ているのかは、わからないが。
きっと、別のゲーム名で発売したら文句も出ないんじゃないか?
「CGが綺麗なだけじゃん」と。

どっちにしろ、その会社の主な収入源だからしょうがない、か。
ブランドゲームの続編はただの収入。その金を使って、売れるかどうかわからない「斬新さ」を作ってみる。
それがいい使い方かもな。
俺としちゃ、いつまでも斬新さを求めていきたい気分もするけど。
もし続編って言ってやるなら、ゲーム名だけ同じで全然違うゲーム作る、かな。
せめてジャンルくらいは合わせるけど(RPGとかADVとか)

……一回くらいまともにRPG作ってみるか。
シミュツクでADV作って自作バトル作って、RPGツクール2000でADV作ってたんじゃなあ。
って、よく考えたら今までツール普通に使ってないじゃん!
おいおい、たまには意図された使い方くらいしろよ俺……。

もしかしたら、案外無意識の内にプログラム技術の練習してたのかもしれないな。
『ツールの限界を超えた結果を生み出す。
 道具に使われる人間にはなりたくない。』
ってか?
道具は完全に使いこなせてこそ、ぶっ飛んだ使い方も見つかるって事かもしれない。

つっても、シルフェイド見聞録はただの意味のない挑戦だけどな。
ツクール2000なら、市販ゲームなみのインターフェースも作れる、だからみんなもどんどん挑戦しろ!
って、言いたいのかもしれん。

「挑戦」とは、自分の力を試す事だ。
公式の場に出さずとも、今まで自分から進んで挑戦してたのかもな、俺は。
でも、それはきっと悪い事じゃない。
誰も思いつかない事しないと、そこにやる意味なんて無い、と思う。
自分たちが最終的にやるべき事は、既存の物の再現じゃない。
まだ無かったものを、創り出す事だ。

■ 7月4日(水) 現在の課題 ■

プレゼンテーション技法解説の講義、技法は全くと言っていいほど教えられていないのにも関わらず、
「自分」をテーマにA4サイズで表現しなさい、平面のみ。という課題。
表現方法は自由。つまり文字だろうが絵だろうが和紙貼ろうがCGだろうが何でも良いらしい。
わかりやすく行くか、それとも芸術人間好みの深い内容で行くか。
デザイン技術は基礎レベルのみ、文章レベルもまた然り。
どっちを使うべきか。両方使うべきか。
ギリギリ最後まで読ませる程度の論文なら書けるんだけどなあ、うーん。

あと解析学、つまり微分と積分メインの数学。レポート。
大学側で専門の練習用(というか説明?)の講義を設けてくれなければ
きっと挫折したであろう。なんだか父を笑っていられない自分。
この講義においての教師のくじ運は結構悪いような気がする。
が、条件が悪いからできなかったとか言うのは嫌だ。
「結局おまえがやらなかったのは一緒じゃないか、おまえ馬鹿?」と誰かに言われたくないから。

まあ、これからテストもあるし。
体を壊さない程度に頑張るか……。
どんだけやりゃ単位取れるのか見極めて、な。

■ 7月3日(火) なんだかなあ ■

「やばっ、遅刻!?」
と思って慌てて起きたら、
まだ午前1時半だった時のあの虚無感。
そして、爆音を立てて通り過ぎる暴走集団。
まあ、いいやと思って再び眠りにつく。
単に、お互いの利益が一致しなかっただけの話だから。

この世の誰もが、自分の思い通りにはならない。
この世で自分は最も偉くない人間で、
そして、この世は自分の為のものではない。
自分は、そう思ってる。偉くないと思ってたのは、幼少期からだった。

子供は皆、誰もが自分の思い通りになって、自分が一番偉くて、
この世が自分の為にあると思っている。
これらをいかに減らすかが、子供が自立できるかどうかの境目だ。
自分が試験中で、近くで家族が音量上げてテレビ見てるような時、
「テレビくらい消してくれるのが当然だろう」と言いたくなるのなら、
誰もが自分の思い通りになってると思ってる事に、間違いはない。
それは他人に、つまり家族に、まだ依存しているのだ。
いつまでも何かに頼ろうとする限り、一生一人前の人間にはなれない。

俺は、過酷な条件下で頑張る事は、格好いい事だと思ってる。
でもそれは、真に向こうからやってくる条件でなければならない。
世の中には、自分で事件起こしてそれを解決して格好いいと思ってる野郎もいるぐらいだからな。
だから、自分から自分を追い込んだりしない。
夜遅くまで勉強したり仕事したり。そんな事はしない。
自分をギリギリまで追い込んでからしか仕事や勉強ができない人間は、
「短時間で終わらなさそうなその仕事を、自分は短時間で終えられたという事で、
 自分は素晴らしい(有能な)人間だと思いこんでいる」
というのが、心理学的にもきちんと証明されている。

まあ、親の教育が大半を占めているんだろう、こういうのは。
あまり無理をして教育すると、上のようにねじれた性格になる。
もっとも、親がねじれてない状態じゃなきゃ、「普通」の教育なんてできないだろうけどな。
誰だって、少しはねじれてる部分がある……少しでもそれを直して、いい人間になるんだ。
これからの地球上に適応できる、強い人間に。

対ストレス対策は、自分からストレスの原因となるものをなるべく避ける事でほぼマスターしたし、
それが無理なら、根性で心の底から納得させられるようになった……はずだ。
大学内でも、己のストレスの溜まり具合は極めて少ないらしい。
三年前にはとても考えられなかった事だけど、な。

問題があるなら、解決すればいい。
ストレスが溜まるなら、ストレスの溜まらない生き方、考え方を
身につければいい、つまり、これからの社会に適応するのだ。

最初から諦めてる人間が、多すぎると思う。
解決すべき「問題」は、自分から見つけようとしない限り、見つからない。
あると困るのに、気付かない。
そういうレベルの問題を発見できなきゃ、簡単な効率化もできない。

■ 7月1日(日) 今日は ■

今日は知識を増やした。
以前の自分の失敗は、どのように直せばいいのか。
ある人はどのように、どんな手段や考え方で解決しているのか。
それを少しでもヒントにできるように、知識を増やした。

多くの人から多くの技や考え方を盗めば、
それだけスキルの幅は広がる。
失敗を抱えている状態なら、こうやって解決への道を辿るのも、一つの成長。